「よもやま日記」//身の回り出来事や心に浮かんだ独り言、お気に入りのもの、日常の風景を切り取った写真などなど、思いつくままに書いてます。

--/--/-- (--) スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スポンサー広告 |


2012/12/09 (Sun) 勘三郎さん

あまりに悲しい報せが届いた。12月5日未明、18代中村勘三郎さんが天国に旅立たれた。
調子が良くないという記事などを目にして心配していたのだが、エネルギッシュな人だから病をはねのけてくれるに違いない。そう信じていた。信じたかった。
だって復活してくれなくては困るもの。もうあの舞台を見ることができないなんて、そんなことは考えられない。
それなのに、懸命の治療と多くの人々の願いも空しく、稀代の名俳優が帰らぬ人となってしまった。
彼を失った喪失感は半端ではない。歌舞伎界は太陽を失ってしまったようでこれからどうなってしまうのか。勘九郎の襲名公演に列座叶わず、来春の歌舞伎座こけら落としに彼がいないなんてことがあるだろうか。歌舞伎の神様も随分なことをなさるものだと思う。

私が初めて生の舞台を見たのはまだ勘九郎を名乗っていた時、孝夫さんが仁左衛門を襲名する襲名興行だった。その当時すでに名俳優の名声がとどろいていた勘九郎さん。私は何よりも彼の、客の喜ぶ顔を見るのが何より嬉しい、という心の声がビシビシ響いてくるような演技にすっかり魅せられた。
その後、平成中村座やコクーン歌舞伎などを見に行ったが隅々にまで彼の熱意と工夫とサービス精神に満たされていた。彼のエネルギーというか魂というか得体のしれない力が会場中に渦巻いて、見ている私の体の中にドーンとなだれ込んできたようだった。

特番の中で印象的だったのは、関三郎襲名が決まり、勘九郎として最後の歌舞伎座の舞台を終えた夜、劇場を去る勘九郎を裏方さん全員が奈落で待ち構え、熱烈な拍手、手拍子で送り出すところの映像だった。それを見ながらまだ勘三郎さんが生きているような気がしてきた。
彼を送り出すには、湿っぽい涙よりも熱烈な拍手の方が似合っている。
それにしても、一度でいいから叫んでみたかった。「中村屋っ!!」と……。

スポンサーサイト

3芝居・コンサート | trackback(0) | comment(0) |


<<25年ぶりの「日本橋」 | TOP | SOU・SOUの伊勢木綿手ぬぐい>>

comment











管理人のみ閲覧OK


trackback

trackback_url
http://yomoyamanikki.blog120.fc2.com/tb.php/612-e5b3da34

| TOP |

ブログ内検索

全記事表示リンク

全ての記事を表示する

カテゴリー

最近の記事

月別アーカイブ

最近のコメント

最近のトラックバック

プロフィール

つき

Author:つき
普段は虎を肴に大好きなお酒を楽しむオヤジ系。かつては米(米米CLUB)を追いかけ、今でもコンサートには顔を出す。さらに歌舞伎や時代劇を愛し、手ぬぐいをコレクションし、和菓子屋やスイーツにも目がない。茶道をちょっとだけかじり、日本文化のキーワードには反応してしまう。身体を動かすことは得意でないけど、タイガースと職場の陸上チームを応援してます。

FC2カウンター

お断り

ブログ内容にそぐわないコメント、トラックバックについて管理者独自の判断で削除させていただく場合がございます。またその場合予告や説明等は行いませんのでご了承下さい。

リンク

このブログをリンクに追加する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。