「よもやま日記」//身の回り出来事や心に浮かんだ独り言、お気に入りのもの、日常の風景を切り取った写真などなど、思いつくままに書いてます。

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2014/02/28 (Fri) 早春の近江路 その壱

2月中旬、白洲正子を気取って、近江へ行ってきた。
と言っても、彼女の旅の足跡をたどったというわけではなく、単なる気ままな散策だった。
白洲正子さんいわく、「近江は歴史の楽屋裏」だそうで、前々から行きたいと思いながらなかなか行くことが出来ないでいた。というのも、私の住むところからは、一泊するほど遠くはなく、かといって日帰りするには遠い。

さて、「近江」とは言うまでもなく今の滋賀県一帯を指す。
淡水湖である琵琶湖があることから古事記などでは「淡海(あわうみ)」と書かれているとか。「近江」の文字は浜名湖のある遠江(遠つ淡海)に対して近江(近つ淡海)と称したものだという。

周ってみると、歴史に彩られた山と湖の織りなすダイナミックな景観が、圧倒的な力で迫ってくるような感じがした。
とても1日や2日では回り切れるものではない。


kosei-wani 20140212_06ss
比良山地の山々 写真の右側に琵琶湖が広がっている


観光地となっているのは近江八幡などがある東側だが、あえて西側に行ってみようということで、湖西線に乗った。
京都から湖西線へ乗り換えて比叡山に連なる山を見ながら大津へ到着。ここは天智天皇が開いた宮があるところだ。
そこから、各駅停車で琵琶湖を北へ上がっていく。

しばらくすると、雪を頂いた比良山地の山々が見えてきた。反対の東側には近江富士と言われる三上山が美しい円錐の姿を見せている。東西が山々に囲まれた土地の中央に、ゆったりと青く輝く琵琶湖があって、美しいことこの上ない。残念なのは景色が雄大すぎてとてもカメラには収まりきれないことだ。
私が住むところは、近くにさしたる高い山も見えず、海は鏡のように静かな瀬戸内の海で比較的穏やかな気候なので、この変化に富み地形はとても新鮮で魅力的だった。

電車を降りて歩いてみた。昔ながらの風情のある建物が並んでいる。
かといって決して観光地というわけではなく、そこが魅力だろう。
途中、白洲正子が愛したお香の専門店であるみのり苑の工場や倉庫もあった。


kosei-wani 20140212_02ss
和邇(わに)界隈


前の週に降った雪が少し残っている。西側の山の頂上付近は白く雪化粧していて、そこから溶け出した雪解け水なのか、家々の間の水路から、勢いのある水音が立っている。豊かな水の恵みがある土地だということが感じられる。

1時間ほど歩いて再び電車に乗った。比良の山がどんどん間近に迫ってきた。
車窓からは棚田が見える。田植えの頃はさぞかしきれいだろうな。
もっと北へと向かいたかったけど、日も落ちてきたので安曇川で断念。
さすがは日本一の湖だけあって、1周しようと思ったら大変だ。湖北はまた日を改めることにした。

近江という土地の玄関口にたどり着いた程度だが、数々の神社仏閣、史跡が残り、美しい自然と人々生活が息づく土地柄に魅せられた。白洲正子さんがこの地を愛した境地には到底達していないだろうけど、それでもちょっとだけわかるような気がした。


<関連記事>
2014/03/08 早春の近江路 その弐
2014/03/15 早春の近江路 その参
2014/05/06 琵琶湖にうかぶ聖域 竹生島(ちくぶじま)
2014/05/18 黒田氏発祥の地 木之本と賤ヶ岳

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2014/02/24 (Mon) ソチオリンピックの選手たち その四

メダルを取れない選手が、主役になったオリンピックがあっただろうか。
浅田真央選手は世界を魅了した。


今回のオリンピックでは、反日に傾く韓国と嫌韓が渦巻く日本の間での報道合戦に巻き込まれ、代理戦争の様相を呈していた。国を背負って競技しなければいけないところへ追い込まれて本当に気の毒だった。
「浅田真央であるということから逃げることはできない」と言っていたけれど、どれだけ重いプレッシャーの中で戦っているのだろうか。

そして始まった女子シングル。試合前の姿には硬さが見られた。果たして納得の滑りができるだろうか。
ここまできたら、思い切って滑って欲しい……。
ところが、ショートプログラムではトリプルアクセルやその他ジャンプでもミスを重ね、まさかの16位。
インタビューで「何が起こったか自分でも分からない」と茫然と話す真央ちゃんの姿に、心が痛んだ。

真央ちゃんは、バンクーバー五輪を不完全燃焼で終えて、そこから佐藤コーチと1からスケートを見直して、気の遠くなるような厳しい道を歩んできた。さらに、これまで傍らで支え続けてきた母親の匡子さんを失う。試練に立ち向かう姿を見てきて、今度はぜひ納得の滑りで金メダルを取らせてあげたいと、日本中のファンが願っていたはずだった。

もう立ち直れないかも知れない。と思った。
事実その夜は眠れず、朝の練習もいつもの浅田真央とは程遠い姿だった。

佐藤コーチの言葉もあり、そこから走り、休み、ひたすら自分の気持ちを整理してフリーに臨んだ真央ちゃんに奇跡が起こった。

冒頭のトリプルアクセルを見事に決めて、そこから次々と8種類のジャンプを跳んでいく。
この時、このジャンプは姉の舞に、このジャンプはお父さんに……と自分を支えてくれた人のためにという思いで跳んでいたのだとか。
そして、最後のステップは圧倒的な神がかったような凄さで胸に迫ってきた。

滑り終わって、天を仰いで涙をこらえる。その姿は何度もテレビで見たけれど、見るたびに涙がこみ上げくる。

真央ちゃんの母親の匡子さんの言葉が印象的だ。
「フィギュアスケートは、勝った、負けたではないと思うんです。その人の生きざまをどう氷の上で見せるか。それがフィギュアスケートではないですか。」

もはや、金メダルも銀メダルも関係なかった。そういうものから超越した感動が世界を包んだと思う。
彼女の涙とその後の喜びの笑顔に、ナショナリズムも採点疑惑もすべてのものが浄化されていた。
決してあきらめず、ひたむきに努力し、他人に対しては敬意をもって丁寧に応対する真央ちゃんは外国でも尊敬と人気を集めているが、今回のスケートはまさに真央ちゃんの生き様が現れた、奇跡のスケートだった。

Sochi Mao_Asada Uemura_20140224_02ss

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2014/02/23 (Sun) ソチオリンピックの選手たち その参

大好きな高橋大輔選手は今回を最後のオリンピックと位置付けて戦ってきた。
グランプリファイナル直前に右すねを負傷し、本調子ではない中で日本選手権を強行出場し、何とか五輪の切符を手に入れて臨んだ今回の大会。

若きホープ、羽生結弦選手のメディア露出が目立つ中で、高橋選手の動きは不気味なほど静かだった。
メディアは残酷だ。追いかけられる方が大変だったと思うから、静かにしておいてくれる方が本人には良かったに違いないが。
そんな中で飛び込んできたのは、ショートプログラムで使用している楽曲が、作曲者がゴーストライターだったという間の悪いニュースだった。運の悪さを呪いたくなった。

そして、大輔の怪我は陥没骨折寸前という重症だったとか。
ショートプログラムでは4位。大輔らしい表現力を見せたが、ジャンプは厳しそうだった。それでも果敢に4回転に挑戦してきた。もはやメダルより自分の納得できる滑りを目指しているように見えた。
一方の羽生選手は世界最高得点をたたき出してトップに躍り出て、マスコミは羽生一色になっていた。

フリーではジャンプの調子は戻らなかった。足は悲鳴を上げていたのだろう。
それでも、スタンバイの表情が非常にすがすがしく、何か達観したように見えた。(後からのインタビューでは、本人はまったく自覚がなかったようだが)
本調子には程遠かったが、自分に出来る最高のパフォーマンスをしようという思いだったとか。
そしてその通り、感情のこもった素晴らしいスケーティングだった。
4回転ジャンプはうまくいかなかったけど、そこで力を落とすことなく、スピンやステップ、流れるような味わい深いスケーティング。滑っていくうちにどんどん優しい柔らかな表情になりオリンピックということを忘れてしまう程、素敵な表情だった。チャンピオンではなかったかも知れないが、魅力的なスケートという点では、大輔が一番だったと思う。
演技が終わってからの大きな歓声がそれを物語っていた。

後日、高橋選手がNHKのインタビューに答えていた。
そこで語っていたモチベーションの源泉とも言えるものは、聞いていて「やはり」と納得がいった。
スケートを始めて、自分が演技をすると観ている人が拍手をくれ、喜んでくれる。それが嬉しくて、もっと上手くなりたいと練習してまた滑る。するとまた喜んでくれる。すると、もっと喜んでもらいたいと思って上手くなろうとする……。それを繰り返して今に至ったとのことだった。
インタビューを聴きながら、大好きな歌舞伎役者の中村勘三郎さんのことを思いだした。彼のスケートにはその生き様というか、思いがよく表れていると思う。だから彼はいつも観客を引き込み、味方につけてきたのだと思う。

現役続行するかどうかについては含みを持たせた高橋選手。
できれば、もう少し続けてもらって、大輔のスケートにうっとりしたいなあ。

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2014/02/23 (Sun) ソチオリンピックの選手たち その弐

17歳の偉大なジャンパー。高梨沙羅選手。
今シーズン、ワールドカップで13戦10勝と圧倒的な強さを見せ、今大会から採用された女子ジャンプの初代金メダリストの期待が高かった。
小柄な身体は明らかに不利だが、バレエで身に着けた柔軟性を武器に低い姿勢からの無駄のない飛び出し。そして踏み切の勢いを推進力にして、野球で言うなら弾丸ライナーのように低い軌道を描いて飛び出していく独特のテクニックで世界をけん引してきた。
メディアの注目が高まる中で、いつも優等生のインタビューを続ける高梨選手は、若いのにしっかりしてるなあ、と敬服しながら見ていた。しかし五輪が近づくにつれて表情の硬さが気になっていた。

ソチに入ってからもやはり硬い。無理もない。
結果を気にせず思いっきり滑って欲しいものだと見守っていたが、1回目は100メートルを飛び3位につけたものの、2回目は追い風の影響もあり、98.5メートルとなりメダルに届かなかった。
勝負は一瞬にして決まる非常なものだ。応援してくれる人に感謝の気持ちを伝えるために、いいジャンプをしたいという希望だったが、2本とも満足のいくジャンプにはならなかった。

インタビューで涙を懸命にこらえる高梨選手を見ると、抱きしめたいような愛おしさがこみ上げてきた。
インタビュアが「またこれからも、みんな高梨選手を応援し続けることだと思いますよ。」と言うと、少しだけ表情がほぐれたものの、「もっと練習して今度はもっといいジャンプを跳べるようにしたいです。」と、出てきた言葉は自分に厳しいものだった。
最後に高梨選手が立ち去る時、インタビュアが「よく頑張りましたね。」と声を掛けたのは、すべての日本人の気持ちを代弁してくれていたと思う。怪我で本調子でない中で健闘した、高梨選手のライバル、サラ・ヘンドリクソンの頑張りともども、心から「お疲れ様でした」と言いたい。

Sochi Olympic_Sara Takanashi_20140224_01ss 



*  *  *


「なんでこんな一歩ずつなんだろう」
女子モーグルの上村愛子選手。前回のバンクーバーでのこのインタビューが鮮明に耳に残っている。
今年こそメダルを取らせてあげたいと、誰もが思っていただろう。

そして、結果はまたもや4位だった。
タイムなどの記録だけでない、美しさを点数化する競技には、いつも疑惑が付きまとうが今回もだった。
こぶを制する彼女の滑りは世界一だという。
ところが、あきらかにバランスを崩したアメリカの選手の方が上回った。
滑り方の流行が変わってきたことで、採点基準が変わってきたとか言っていたけれど、日本人としては愛ちゃんの方が上だろうと思う。

長野オリンピックから長年ずっとメダルをめざし挑戦し続けてきて、どれだけ悔しいことだろうと思ったが、インタビューに答える上村選手は、「3本とも攻めて滑ることができた。清々し気持ち。」と語った。
その美しい涙、美しい言葉に私たちの悔しい気持ちが洗い流された。

Sochi Olympic_Aiko Uemura_20140224_02ss

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2014/02/23 (Sun) ソチオリンピックの選手たち その壱

男子ジャンプの葛西紀明選手を初めとする清水礼留飛、竹内択、伊東大貴の4選手たちの姿を見ていると、こちらも幸せを分けてもらえたような思いになった。

団体の前に、最年長の葛西選手は見事に個人ラージヒルで銀メダルを獲得。41歳にして初の個人でのメダルとなった。
海外の選手達からも「レジェンド」と呼ばれる葛西選手は、度重なる試練と戦いながら、家族への思いを糧にして努力を続け、ようやく手に入れた勲章だった。
その時に既に自分のジャンプを終えていた3選手が駆け寄って祝福する姿には胸が熱くなった。

葛西選手が長年頑張っていることは何となく知っていたが、海外で「レジェンド」とか「カミカゼジャンパー」と呼ばれて敬愛されていることは、ソチオリンピックイヤーに入ってから初めて知った。
彼は、長野五輪で悔しい思いをして以来、母親が亡くなったり、妹さんが病気と闘っていたり、所属企業の廃部などの試練を乗り越えてきたが、彼の佇まい、話しぶりから不屈の闘志といったものは漂って来ず、むしろ穏やかな人柄で淡々と努力するタイプのように見える。彼が人々から愛されるのはその人柄も大きいのではないだろうか。

素人目には、距離といい美しい飛形といい、葛西選手が金メダルでないかとも思ったけれど、ちょっぴりの悔しさを見せつつも結果を受け入れて、静かに喜びを語っていた葛西選手の姿には、人としての深みを感じさせた。

Sochi Olympic_Noriaki Kasai_20140224_02ss


そして迎えた団体戦。葛西選手は自分の銀メダルを我がことにように喜ぶ後輩たちの顔を見ながら、みんなでメダルを取りたいと思ったという。3選手はそれぞれに病気や怪我などの苦難を乗り越えてきていた。
強豪チームがひしめく中で、日本はそれぞれの選手が力を力を出し切り、最後に富む葛西選手が3選手がつなげたリレーを見事に締めくくる134メートルのジャンプで銅メダルを獲得した。個人戦では冷静にインタビューに答えていた葛西選手が団体戦ではインタビューの度に熱い涙を見せたのがとても印象的だった。試練を乗り越えてきた後輩と喜びを共にできたことを何より喜んでいた。

素晴らしいチームワークや選手同士の絆を見せてくれた4選手だが、チームワークを高めるために特別なことはしていないという。練習や試合で一緒に過ごす中で自然と生まれたもので、互いに切磋琢磨して成長していこうという思いがあって、言葉にしなくてもお互いに通じ合っているのだとか。和の力で個の力を高めてそれを見事に結束させた、偉大な日の丸飛行隊だと思う。

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2014/02/12 (Wed) チョコという名の宝石

今年のバレンタインは、海外国内含めていろんな店がありすぎて、結局、昨年のリベンジということで神戸のL'AVENUEを中心に選ぶことにした。
今年は大阪の伊勢丹に出店しているとのことで、早速行ってきたけれど、伊勢丹限定のBOXは既にSOLD OUT。

落胆していると、イートインのコーナーに伊勢丹限定BOXの中に入っているチョコが1つメニューに載っていたので、「せめて試食してみたろ…」とそのセットをオーダー。
チョコレート色のほんのり緑色が乗っているそのチョコは、洋ナシとピスタチオが入っているとのことで興味津々。
紅茶で喉を潤してから、意を決して口に入れると、これがまた、何とも言えない爽やかで優しい風味が広がってくる。カカオの苦みは極力抑えられていて、優しいベールを掛けたような味わいだった。

lavenue isetan 20140206_01s


伊勢丹限定を諦めて、購入したのは「L'AVENUE」というBOX。
一昨年は3個入りの小さなものだったけど、今年は奮発してもうた。
どれもとってもキレイなので、食べるのが勿体ない。まさに宝石やね。それも美味しい宝石!(笑)

l’avenue LAVENUE 20140206_03s

「L'AVENUE」左上から右へ
Expresso / noix + cafe
Argent / chocolat au lait + abricat       
Acidule / citron vert + caramel
Or noir
Origine / praline croustillant
Pladisir / plaline maison
Vanille / caramel + banille
Franb / franboise + citron
Arancia / orange + passion 
Alsamande / alsamande +gingembre

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2014/02/11 (Tue) 建国記念日に思う。まさに奇跡。

今年の建国記念日に、初めて神棚にお神酒をあげた。
前日にお伊勢さんを参拝したこともあり、神聖な気持ちになっていたのかも知れない。

自国の建国について、国民が語ることができないのは日本ぐらいだという。
また、12、13歳頃までに民族の神話を学ばない民族は滅ぶというショッキングな説がる。
日本は危機的な状況が続いているといういことになる。
実は恥ずかしながら、私も竹田恒泰さんの著書(※)を読むまでよく知らなかった。

さて、そんな中で、今年の建国記念日に安倍総理が首相としては初めて以下のメッセージを発表した。
インターネットで紹介されている全文を読んでとても感動した。
多くのマスコミは右傾化への懸念を騒ぎ立てたが、菅官房長官が毅然と対応したとおり、まったくの見当違いだろう。

日本は他国の侵略によって民族がまるごと滅ぼされたことがなく、その起源は太古の昔に遡る。
「日本書紀」の記述から、神武天皇が即位した2月11日をもって建国の日と定められた。
しかし、アメリカやイギリスやフランスや、他のすべての国のように、国が興った時に文字がなく、建国がいつか断言することが難しい、そんな国が過去の様々な試練を乗り越えて存続して、世界に貢献し続けていると思うと、ある意味奇跡の国だな、という素直な感動が沸き起こってくる。
ということで、えらく神妙な思いを新たにした建国記念日となった。


(※)竹田恒泰氏著書
「旧皇族が語る天皇の日本史」 2008年3月発売
「日本はなぜ世界でいちばん人気があるのか」 2011年1月発売
「日本人はなぜ日本のことを知らないのか」 2011年9月発売
いずれもPHP新書


<メッセージ全文>

 「建国記念の日」は、「建国をしのび、国を愛する心を養う」という趣旨により、法律によって設けられた国民の祝日です。
 この祝日は、国民一人ひとりが、わが国の今日の繁栄の礎を営々と築き上げたいにしえからの先人の努力に思いをはせ、さらなる国の発展を誓う、誠に意義深い日であると考え、私から国民の皆さまに向けてメッセージをお届けすることといたしました。
 古来、「瑞穂の国」と呼ばれてきたように、私たち日本人には、田畑を共に耕し、水を分かち合い、乏しきは補い合って、五穀豊穣(ほうじょう)を祈り、美しい田園と麗しい社会を築いてきた豊かな伝統があります。
 また、わが国は四季のある美しい自然に恵まれ、それらを生かした諸外国に誇れる素晴らしい文化を育ててきました。
 長い歴史の中で、幾たびか災害や戦争などの試練も経験しましたが、国民一人ひとりのたゆまぬ努力により今日の平和で豊かな国を築き上げ、普遍的自由と、民主主義と、人権を重んじる国柄を育ててきました。
 このような先人の努力に深く敬意を表すとともに、この平和と繁栄をさらに発展させ、次の世代も安心して暮らせるよう引き継いでいくことはわれわれに課せられた責務であります。
 十年先、百年先の未来を開く改革と、未来を担う人材の育成を進め、同時に、国際的な諸課題に対して積極的な役割を果たし、世界の平和と安定を実現していく「誇りある日本」としていくことが、先人からわれわれに託された使命であろうと考えます。
 「建国記念の日」を迎えるに当たり、私は、改めて、私たちの愛する国、日本を、より美しい、誇りある国にしていく責任を痛感し、決意を新たにしています。
 国民の皆さまにおかれても、「建国記念の日」が、わが国のこれまでの歩みを振り返りつつ先人の努力に感謝し、自信と誇りを持てる未来に向けて日本の繁栄を希求する機会となることを切に希望いたします。
 内閣総理大臣 安倍晋三(2014/02/10-17:59)

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2014/02/10 (Mon) 伊勢神宮参拝

建国の日の前日。休みをもらって伊勢神宮へ参拝に行ってきた。
遷宮の人出を避けてそろそろ落ち着いたころと見計らって行ってきたのが正解だった。

JPと近鉄を乗り継いで、伊勢市駅で降りる。
まずは外宮から参拝するのが習わしとか。
ピンと張りつめた冷たい空気が心地よく、随分寒い日だったようだけど不思議と寒さは感じなかった。
伊勢市駅駅前からすぐ参道が伸びていて、5分ほどで外宮へ行くことが出来る。


DSCN5144s.jpg
外宮の第一鳥居


木立の中央に大きな白木の鳥居が見えてきた。
礼拝して砂利道を進むと、周囲の木立が風によそぎ、清々しい気持ちになる。
途中いくつもの立派な杉の木があって、それぞれに神が宿っているかのようだ。


DSCN5149s.jpg
豊受大御神をお祀りする正宮 白木が美しい


外宮は豊受大御神(とようけおおみかみ)をお祀りする神社で、今から1500年程昔、雄略天皇が天照大御神様お食事を司る神様として丹波よりこの地へ迎えられたとのこと。
雄略天皇といえば、易姓革命で残虐な殺戮が繰り返されていた中国王朝の冊封体制から脱退し、律令による自らの国づくりを目指したという、あの聡明な天皇ではないか。
いにしえの歴史に思いを馳せると何とも言えない静かな感動が沸き起こってくるようだ。


DSCN5151s.jpg
簡素な造りの正宮にお参りする



お参りを済ませた後、三重交通バスに乗り込んで内宮へと移動。
途中、にぎやかなおかげ通りが見えが、お参りの前に覗くのは不謹慎な気がして我慢(笑)。


DSCN5164s.jpg
宇治橋


平成21年に建て替えられたという宇治橋を渡ると、その先は聖なる領域だ。
すれ違う人が「さらに清められてもうた」などと言っているのを聞いて微笑ましくなった。

手洗い場で手と口を清めてからしばらく歩くと、かつての御手洗場が見えてきた。
五十鈴川の清流がゆったりと流れていた。
昔はここで清流に手を浸して清めていたのだとか。
近づいていくと、水面を渡る冷たい風や、鳥のさえずり、透き通った流れに心洗われるようだ。


DSCN5173s.jpg
五十鈴川の清流をのぞむ御手洗場


神楽殿の横をすり抜けて参道を進む。
参道の砂利道の両側には、樹齢1000年は下らないような杉の原生林が立ち並んでいる。
神宮が築かれて以来、一度も伐採されずに太古の自然を守っているのだとか。
深い森林の隙間から木漏れ日が差している。天からの神の光が降りてきているような荘厳な景色に感動していると、どこからともなく御神楽の音色が漂ってきた。

DSCN5187s.jpg
樹木を避けるように参道が作られている


更に奥へ進む。
思わず深呼吸。歩くだけで、神聖な空気に体中が満たされていく気がする。
やがて少し木々の葉が途切れた場所に行きついた。天照大御神様が御鎮座される正宮へたどり着いたようだった。


DSCN5194s.jpg
苔むした巨木


外宮よりも高い石段の上に白木の門が見える。昨年の秋に遷宮したばかりで大変美しい。
当初はもっと簡単な臨時のお社だったそうだが、天武天皇から持統天皇の頃に現在のような規模になり、20年ごとに遷宮をするようになったとか。それにしても神殿を20年ごとに新しくするというのは世界でも珍しいのではないだろうか。これが1300年も昔から繰り返されてきたのかと思うと、ただもう「すごい」としか言いようがない。

天照大御神様がおられる正殿は四重の囲いのさらに奥にあり、一般の参拝者は門の外からお参りをする。
お参りは二礼二拍手一礼が習わし。日の本をあまねく照らす神様に、とても「家内安全」とか「無病息災」とかを念じるのは畏れ多い気がして、ただただ神様にご挨拶をさせていただいた。


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天照大御神がお鎮まりになられる正宮


正宮から少し離れた場所に、荒祭宮(あらまつりのみや)というお社があるというので行ってみた。
荒祭宮は、内宮にある十の別宮のうち第一位にあたるお社で、天照大御神が、時におよんで格別なお力を表す「荒御魂」をお祀りしている。

その荒祭宮に向かう途中に2つの建て替えられたばかりの美しい社があった。
ひとつが、神田で採れた稲を納める「御稲御倉(みしねのみくら)、そして、宝物類が収められている外幣殿(げへいでん)。


DSCN5201s.jpg
御稲御倉(みしねのみくら)


荒祭宮をお参りしたあと戻る途中に、小さなホースの格納庫があった。
神殿と同じように桧の作りでとても可愛らしい。
時間がなく別宮をすべて参拝することができなかったが、最後に、ぜひ行ってみたいと思った「風日祈宮(かざひのみのみや)」へ向かった。


DSCN5206s.jpg
ホース格納箱


鳥居をくぐって風日祈宮御橋(かざひのみのみやみはし)を渡ると、姿を現す小さなお社が「風日祈宮」だ。
「風日祈宮」は雨風を司る神様をお祀りしたお社で、鎌倉時代、二度の元寇の難から国を救ったとされている。


DSCN5211s.jpg
木肌も荒々しい杉の巨木


「風日祈宮」に近づいていくと、お社を守護するように杉の古木が聳えいる。
その木肌の荒々しくそして美しいこと。

背後からお社の正面へ回る。お社は簡素で質素な佇まいだった。
別宮はお社の近くまで寄ってお参りできる。
最初の国難を救った偉大な神威に感謝して内宮を後にした。


DSCN5212s.jpg
風日祈宮(かざひのみのみや)


この日は随分と寒かったが、ピンと張りつめた清々さを感じるだけで、まったく寒さを感じなかったのが不思議だった。
それほどに神々の力が土地を覆っているのだろうか。
身も心も清々しく洗われたような気がする。伊勢神宮は日本人の総氏神というだけに日本一の神域だった。

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2014/02/09 (Sun) おっしゃれなビル

所用で外出した時に立ち寄った阪急梅田ビル。
田舎モン丸出しで恥ずかしいのだけど、めっちゃオシャレでびっくりした。

まずはエレベーター。
20名~30名くらい乗れるのでは? というような、荷物用エレベータより広いのではないかというものが、ズラリと並んでいる。それに乗って15Fのスカイラウンジにたどり着くと、広々とした空間が広がっていた。

緩やかなカーブを描いた白木のベンチに人々が座って、メールをしたり、本を読んだり思い思いに過ごしている。
すごく気持ちのいい空間だった。


sky lounge 20140206_02s


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2014/02/08 (Sat) 大雪

太平洋側を進む爆弾低気圧のおかげで、近畿から関東にかけて大雪に見舞われた。
といっても私のところは夜中から雪が降り始めて朝起きると、積もった雪は5センチほどだろうか。
土曜日でよかった。ウィークデーだったら通勤が大変だったところだ。

snow 20140208_05s
雪に埋もれながら咲く鉢植えの花

今日はどこも行かずに家にいよう。時折、ドスンドスンと屋根から雪が落ちる音を聞きながらコーヒーを飲む。
そうだ、雪だるまでも作ろうか、と庭に出たものの庭用のサンダルでは靴下が濡れてしまい、すぐにギブアップ。
これは、かろうじて作ったミニ雪だるま。なんだかジブリの映画に出てきそうやな。(笑)

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小さな雪だるまを作ってみた

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2014/02/02 (Sun) 映画「永遠の0」

映画「永遠の0」を観てきた。何年ぶりの映画だろうか。
原作は既に読んでいて、ストーリーを知っているだけに、「ティッシュがいくらあっても足らんやろうな」「鼻がズルズルになるんちゃうやろか」とそんなことが心配だったが、最後はとても爽やかというか、人間の素晴らしさに温かい気持ちになることができた。

映画は、「主人公、宮部久蔵がなぜ特攻を選んだか」を謎を、彼の内面にフォーカスして掘り下げており、ぐいぐい引き込まれていく。戦争映画というよりは過酷な時代を背景にしたヒューマンストーリーだ。
そして、何より主演の岡田くんのカッコいいこと。
生まれたばかりの娘を抱きしめる演技や、背中越しに、「必ず戻ってくる」と静かに話すところなど、背中フェチの私としては大好きなシーン。何より彼の涼しい眼差しが好きだ。

戦争を肯定しているなどという意見も一部であるようだが、それは当たらないと思う。
ただ、戦史や各戦での流れが描き切れていなかったり、現場の兵士は命をかけて戦っているのに、幹部の判断ミスや勇気のなさから多くの兵士を犠牲にする作戦につながった、というくだりなどが映画では出てこなかったので、戦争映画と思って観た人には物足りなさがあったかも知れない。

小説や映画というのは、そこから生きる喜びや感動をもらいたいと思っているので、エンターティメント性がしっかりとあって、その上で、戦争で心ならずもその命を落とさざるを得なかった人々の思いを感じ取ることができる映画だと思う。

それにしても、あの戦争で命を落とした人々は今の日本を見てどう思っているだろう。復興を喜んでくれているのか、まだまだ捨てたもんじゃないと思っているか、はたまた、WGIPによる自虐史観や規制緩和、グローバリズムなどで民族の誇りや古い日本の良さが少しずつ失われていることを嘆いているか……。

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普段は虎を肴に大好きなお酒を楽しむオヤジ系。かつては米(米米CLUB)を追いかけ、今でもコンサートには顔を出す。さらに歌舞伎や時代劇を愛し、手ぬぐいをコレクションし、和菓子屋やスイーツにも目がない。茶道をちょっとだけかじり、日本文化のキーワードには反応してしまう。身体を動かすことは得意でないけど、タイガースと職場の陸上チームを応援してます。

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